卒業生の今とここ

郡山高校で学んだことが、世界へつながった

2026年7月9日

卒業生の今

― 私の税関生活と、これから ―

 昨年の総会後の懇親会を兼ねた学年同窓会では、司会の水本さん(吹奏楽部仲間)との掛け合いで、私のこれまでの仕事人生について楽しくお話しする機会をいただきました。その内容を少しまとめて、先輩並びに同窓の皆さま、そして若い後輩の皆さんにも、ご一読いただければと思います。      

 私は昭和51年、郡山高校卒業後、大蔵省大阪税関(現・財務省税関)に採用され、また、大阪外国語大学夜間部へ進学し、昼は働きながら夜に学ぶ生活を送りました。当時は女性職員もまだ少なく、今とはずいぶん時代が違いましたが、「国際的な仕事がしたい」という思いで飛び込んだ世界でした。

 入関2年目、伊丹空港で女性として初めて旅具検査官(いわゆる税関検査官)に任命されました。新聞やテレビにも取り上げられ、少し驚いたことを覚えています。その後は輸出入通関、事後調査、密輸取締、審理部門などさまざまな部署を経験しました。

 仕事の中では緊張する場面も多くありました。密輸情報をもとに警察や海上保安庁と連携して張り込みをしたこと、企業への事後調査で「マルサの女」じゃないですが社長さん相手に説明を求めたことなど、今思えば貴重な経験ばかりです。華やかさより、地道に事実を積み重ねる仕事だったように思います。

 40代では財務省税関研修所の教官となり、全国から集まる若い職員への研修も担当しました。教える立場になって初めて、自分が多くの先輩方に育ててもらってきたことに気づかされました。また、その頃に放送大学大学院で学び直し、修士号を取得できたことも、大きな財産です。

その後は海外勤務の機会にも恵まれました。タイ・バンコクでは世界税関機構(WCO)の地域事務所に5年間勤務し、アジア太平洋地域各国の税関近代化支援に携わりました。ブータン、モンゴル、フィジーなど、日本ではなかなか行けない国々にも出張しました。文化も考え方も異なる中で、「相手を尊重しながら協力すること」の大切さを学びました。

 さらに50代の3年間、カンボジアでJICA専門家として税関行政支援にも従事しました。郡山高校で学んだ一人の生徒が、このように海外で仕事をするとは、当時の自分も想像していなかったと思います。

 平成29年に税関を退官後は、現在も国際物流会社で税関アドバイザーとして勤務しながら、地域で子ども向け英会話教室を開いています。また行政書士としても、新たな一歩を踏み出しました。

 振り返れば、郡山高校で培った「まじめにコツコツ取り組む姿勢」が、私の土台だったように思います。吹奏楽部の吉田先生と仲間たちからは「ハーモニー」の精神を学びました。人生は、いくつになっても新しい挑戦ができます。後輩の皆さんにも、「自分には無理」と決めつけず、ぜひ一歩踏み出してほしいと思います。

 私もこれからまだまだ現役で、笑顔を忘れず進んでいきたいと思っています。